2006年04月05日

『便利』になること

インターネットが、メディアとして、それこそテレビと同じくらい普及してきて久しいですね。
正確には、インターネットというより、そこで動作するWWWとメールということになると思いますが。
昔のビデオが普及する原動力と、ある意味同じで、こうした状況まで引っ張ってきた大きな力として、アダルト系というのがあったと思うんですけど・・・(*^^*)

それはさておき、さっきふと思いついて、ず〜っと気になっていた昔(パソコン通信時代)のネットワーク友達がどうしてるか、試しにサーチエンジンで検索してみました。
その人は、その頃から活発にネットワークを使ってたので、きっとHPやブログを開設しているに違いない、ということで、何回かサーチしてたら、見つけました。
早速行ってみたんですけど、どうやら閉鎖したらしく、トップページだけが残っていました。
そこには、メールアドレスを公開していたことを後悔している(シャレではなくて^^;)と書かれていて・・・。
おそらく、スパムメールなどを大量に送りつけられて、嫌気がさしたのでしょう。

改めて思うのは、『便利』ということは、いいことにも便利だけど、悪事にも便利だということです。
実際、通常の郵便でも、ダイレクトメールなんかは来るわけですが、それでも費用や手間やスピードを考えると、わざわざ封書にしてまで、という敷居の高さが、ダイレクトメールの量にある一定の歯止めをかけているんだと思います。
一方で、電子メールなんて、費用も手間もスピードも、通常の郵便とは比べ物にならないほど手軽なわけで、そりゃ一方的に送るヤツも出てくるわな、と。

いずれにしても、そうした行為で、せっかくのコミュニケーションの窓が閉じられてしまうことは、悲しいことです。
まして、『便利』であること自体がよくないんだ、とか、インターネットが悪い、なんて議論になったら、もっと悲しいことです。
道具はあくまでも道具で、その道具がいいとか悪いとかではなく、使う側の問題なんですから・・・。
『便利』になるということは、できることの範囲もおのずと広がるわけで、却って『できること』と『していいこと』の区別をつけることができる、人間力のようなものを高めないといけないんでしょうね・・・。

ようやく見つけた古い友達の家に、たどり着いてみたら『この町が嫌いになったから引っ越した』という張り紙を見たような気がして、朝っぱらからちょっとブルーです。
(『ようやく』と言っても、それこそ『便利』なので、あまり手間はかかってませんけどね^^;)


posted by gen at 06:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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